この空間になんにもなくなったら、世界は何色でしょう?
森羅万象が存在することをやめたら。
白か。
黒か。
私には、なんだか自我が芽生えてきた頃から、絶対的なイメージとでもいおうか、
実際に存在はしないのだけれども、自分の中には確実に存在するという、心象風景があります。
真空で。 音も、色も、匂いも、温度も、何も、何も、無い。
そういう、無機質ですらない、私の理想なんだろうか。
私が絵を描いたり文を書いたりするとき、よくよく脳の中に浮かんでいるこの空間。
私の名前(ぎやてい)は、もう、沢山の方に説明したり指摘されたりしましたが、
般若心経に出てくる単語(人名)からいただいたものです。
般若心境も、「すべては空である」という観念で貫かれたものなので、ややつながりを
感じたり、した。今この瞬間。
それから、私の心象風景としては、宇宙人という不可欠な存在がある。
多分、宇宙人の不安定な、不安定で許されるイメージが私の心に共鳴するのでしょう。
グレイのようなものをやはり思い浮かべてしまいますが、やはり、実際の異星人にはさまざまな生体を持ったひとがいると思いますよ。
私が絶対いると思っているのが、ラップのような、膜状の生物です。
種族が全てつながって、集合して、その星全体をバリアのように包み込んでいる、
つながっているから何らかの信号を送りあったりしている生物。
私は、小学校六年生の頃、好きな言葉を先生が書いてくれるというイベントがあって、
そのとき「可能性」という単語をエントリーしたのですが、
うん、小学生にはもうきらきら輝いて見えたから。
そして今でも嫌いな言葉ではないですが、この可能性ってことば、
むちゃくちゃに輝いているその表面の中心には底なしの泥沼が、少し見える気がする。
この「可能性」の海に溺れたが最後、自分の選択する道へ這い上がってくるのは難しい、そんな気がする。
映画「マトリックス」のキーワードの一つに「選択=selection」というものがあるのだが、人はやはりいちいち「選択」して前に進んでいくわけなので、可能性とか、もうそういう甘ったれたことは言ってられない年頃なのだろうと思います。
何かしら、選択しないと。
うん、いつまでも宇宙人のままじゃ、いかんのです。
人間として成長するためには。
宇宙人リンク入ってるけどね(笑